業界分析 書評

「Google vs トヨタ 自動運転車は始まりにすぎない」から見える自動車業界イノベーション

2015/04/04


Google vs トヨタ 「自動運転車」は始まりにすぎない

【本の概要】

Googleが自動運転車の開発に力を入れています。まだ遠い未来になるとは思いますが、完全な自動運転車が社会に投入されると、社会のシステムが根本から変わってくる可能性があります。

・交通事故が無くなり、多くの命が救われます。
・交通渋滞がなくなり、世界全体で時間の有効活用が進みます。
・また、世の中のエネルギー効率も向上することになります。

まだ技術的にもインフラ的にも課題は多いですが、自動運転が身近になれば、世界が今とは全く変わった姿になるでしょう。

自動運転の普及に伴って、自動車メーカーの付加価値の出し方も変わってきます。これまでは自動車の基本性能の向上、燃費やデザイン性の追求、生産方法のカイゼン等が自動車メーカーの付加価値の源泉になってきました。

しかしこれからは、日本の自動車メーカーが得意としてきた「ハードウェアの性能向上」から、「システムとしての付加価値向上」へと競争優位の源泉が変わります。自動車がネットワークに接続されて社会インフラに組み込まれることで、自動車業界でイノベーションが起きようとしているのです。

トヨタは世界一の自動車メーカーです。しかしそんなトヨタですら、既存の枠組みの中だけで競争をしていたら、Googleやテスラ等のイノベーターに競争優位性を奪われてしまうリスクがあります。

今後変化していく競争のルールの中で、日本企業が生き残る道として本書では次の3つを挙げています(詳細は終章を参照)。

  • カテゴリー1:覇権を目指す→ハードウェアだけでなく自動運転システム、社会インフラまでを自社の事業領域として、「システムとしての競争」に持ち込むこと
  • カテゴリー2:覇権下の競争のルールを最大限活用する→例としては、日本の自動車部品産業が挙げられる。但し、カテゴリー1に属する企業の高い交渉力はリスク要因。
  • カテゴリー3:材料や部品の開発・製造に徹する→例としては、ソニーのイメージセンサー

 

最初にこの本のタイトルを見たときは、ただ自動運転の技術やGoogleの動向等をまとめただけの本かと思いました。しかし実際には、自動車産業の付加価値の源泉はどこにあるのか、競争のルールが「ハード」から「システム」にこれから変わっていくこと等の構造的な議論が多かったです。

Amazonの内容紹介
これから2020年代前半にかけては、自動運転車から始まって、それを含む交通システム、エネルギーなどのインフラやその制御などのビジネスを各国の主要都市で握ることが、グーグルの一つの目標となるだろう。また、この分野を狙っているのはグーグルだけではない。まさにこれから起きようとしていることは、自動運転車を入口として、既存/新興自動車メーカーのみならず、IT・通信・電力事業者などが入り乱れる「異種格闘技戦」なのである。

本書は、IT・電機に精通し、自動車を精力的に取材する気鋭のアナリストが、豊富な取材とあわせて、各社の財務やM&Aのデータも含めて多角的に分析。「グーグル対トヨタ」の対決を軸に、2020年の東京オリンピックを挟んだ産業地図を精緻に予測し、テクノロジーが招く新たな激突の構図を読み解く。

【サマリー】

序章:自動運転車は、まだ「入口」でしかない

巨大システムを変える「起爆剤」になるか

自動運転車が普及し、それが社会システムの基盤となれば、これまで設計・運用してきたシステムの変更を余儀なくされる。こうした社会システムの変更は、先進国を中心に長い時間をかけて普及していくと考えられるが、日本がこの変化を主導できるか、受動的に受け入れるかで、日本の未来の姿は大きく変わる。
 

自動運転車はさまざまなシステムや産業構造を変えるインパクトを持っている。

  • 金融:「ぶつからない車」になるため、自動車保険の意味・対象や資金の流れ、業界構造が大きく変化
  • 監督官庁:人が運転しないため、運転免許証が不要に?
  • ICT(情報通信技術):通信事業者が自動車を販売することも
  • 製造業:国内の自動車産業はバリューチェーンが短くなり縮小する可能性
  • エネルギー:都市は「エネルギーを消費するだけ」の状態から「貯める機能」も取り込むようになる
「ハードとシステムの戦い」で優位を奪われ続けた日本

自動車というハードウェアがネットワークに接続され、ハードウェアの使い勝手が、ネットワークの先にあるサービスプラットフォームに左右されるようになれば、「ハードウェア単独での競争」ではなくなる。スマートフォンが登場したことで、デジタルカメラや携帯型ゲーム機、ナビゲーション機能がそこに次々と取り込まれていった。これまでスタンドアローンであったハードウェアが、移動通信システムによりネットワークに接続され、「ハードウエア」から「システム」に競争領域にシフトした。こうして、ハードウェア専業メーカーは、競争領域の「高次元化」に巻き込まれ、これまでの競争優位を無力化されてしまったのである。
 

自動車の付加価値を決定する要因が、自動車という「ハードウェア」からネットワークの先にある「サービスプラットフォーム」を含めた領域に拡大する。これまでハードウェアとしての自動車の品質を追求してきた自動車メーカーの競争領域は、これまで体験したことのない領域にまで持ち込まれることになる。

トヨタのものづくりに日本人が抱く「幻想」

バリューチェーンが長いことは、新規参入者にとっては「参入障壁が高い」ということを意味する。現在の自動車メーカーは、利益率が低いということとバリューチェーンが長いということが、新規参入者にとって参入障壁となっているのだ。
 

既存の自動車業界は、長いバリューチェーンを維持することで、これまでの競争のルールを維持することができるか、もしくはイノベーターにバリューチェーンを切り崩され、これまで競争優位を確立することのできた領域を失っていくかのどちらかである。まさにいまはその分岐点に立っている。

第1章:グーグルはネット企業にあらず。その最終ゴールは?

イノベーションが実現するには、「イノベーター自身による既存技術の組み合わせの努力」以外に、「外部要因であるインフラ環境」がそのインパクトを大きく左右する。
※例:iPhoneは最初から好調だったわけではなく、3G移動通信システムが世界で急速に普及するとともに販売台数を伸ばしてきた。
自動車産業の「戦場」はすでにシフトしつつある

これまでの自動車産業の競争領域は、「燃費効率」や「環境規制対応」がメインであった。こうした競争領域が、現在「技術により自動車の安全性をどのように担保できるか」というエリアにシフトしている。

google vs toyota 001

こうした競争領域がシフトする際には、これまでの競争のルールを変え、新たに覇権を握ろうとするものが現れる。イノベーターの出現である。テスラの共同創業者であるCEOのイーロン・マスクは、そのイノベーターである気がしてならない。マスクが考える次世代自動車のポイントは、(1)電気自動車と、(2)自動運転の組み合わせである。

ICTを活用し、自動運転システムが運用されるようになると、ユーザーインターフェースがハードウェアである自動車の使い勝手、ユーザーエクスペリエンスをも決定してしまう。ハードウェアとしてどんなに燃費効率がよく、また安全性を担保できていても、自動運転システムに接続できなければ、そのハードウェアの評価にすら至らない。

第2章:グーグルを止められる日本企業の状況条件

バリューチェーンのデザインこそが事業モデルである

現在の自動車産業におけるエンジンをポイントとした一気通貫したバリューチェーンは、新しいアプリケーション、たとえば電気自動車を持ち込まれることで一気に崩される可能性がある。バリューチェーンにおいては、自動車生産でもプラットフォーム化を進めているし、調達部品のモジュラー化も勧めているとの意見もあるだろう。しかし、ガソリン車から電気自動車に駆動プラットフォームが切り替わることで、部品点数の削減により、バリューチェーンは短くなるであろう。
 

また、系列を跳び越えて、同一部品を複数の完成車メーカーに納入する企業が出てくると、これまで系列で維持をしてきたバリューチェーンが一気に崩れる可能性が高くなる。

イノベーターによる既存プレーヤーの倒し方

既存のプレーヤーは、バリューチェーンを長くすることで、競争優位を確立できる領域、たとえば、品質保証や安全性の担保を参入障壁とすることができる。しかし、たとえば、ガソリン車から電気自動車に切り替わることで部品点数が3万点から1万点に減少することになると、このばるーチェーンは短くなる。そうなれば、新規参入者も電気自動車であれば、ガソリン車を同じ台数を生産しようとする場合と比べてバリューチェーン全体では少ない資金負担で参入することが可能となる。
 

自動車産業が扱う駆動プラットフォームが電気自動車になり、部品点数が少なくなることで、バリューチェーンの長さがスマートフォン産業程度になった際には、一時的に新規参入者が増え、資金回収において効率的な事業モデルを持つ企業が市場シェアを上げていく競争となる。

トヨタにあるもの、トヨタにないもの

米国で見えてきている、「次の競争」の領域は、次の3つに集約される。

  • ハードウェア
  • ICT
  • エネルギー

トヨタにかけているものは、「ICT」と「エネルギー」である。エネルギーは日本にバックグラウンドを持つ以上、化石燃料や再生可能エネルギーの条件の整った国の後塵を拝することになるが、仕方がない。ポイントは、ICTをどのように強化するかであり、エネルギーにいかに取り組むかである。

こうした環境において、トヨタはどうしたらよいのだろうか。トヨタの場合には、選択肢は2つしかない。
 

ひとつは、資金調達能力を背景に、これまでのトヨタにない企業やリソースを取り込んでいき、ハードウェアである自動車と自動運転を運用するプラットフォームを一体で運用できるように備える、いわゆる「システムの競争」に自らが持ち込むことである。但し、「自社で足りないものは外部から買収してくる」という発想が必要だ。
 

もう一つの選択肢は、「システム競争で覇権を握るのは誰か」と目利きをし、その企業にしっかりついていくという選択肢である。グーグルのアンドロイドOSを担ぎ、グローバルナンバー1のスマートフォンメーカーになったサムスンのような戦略である。

第3章:競争領域はいつもハードからシステムへ。「都市」が戦場になる

自動運転が実用化された未来の都市で起こること

自動運転技術によって、自動車はより安全になるだろう。またハードウェアである自動車は、ネットワークにつながることで新しいユーザーインターフェースと使い勝手を生むことになる。自動車の製造プロセスも、既存のバリューチェーンよりも短縮化されるであろう。時間とともに、各競争領域で勝者が生まれてくるはずだ。しかし、真の勝者はその各競争領域を認識し、それらパーツを組み上げてシステムをデザインし、構築・運用できる者である。
 

自律運転車を導入し、効率的に運用するためには、都市デザインが欠かせない。都市デザインが十分でない環境、インフラだけでなく、法整備などの目に見えない社会システムが未整備でも、自律運転車は走らせにくい。

【「Google vs トヨタ 自動運転車は始まりにすぎない」のリンクと目次】


Google vs トヨタ 「自動運転車」は始まりにすぎない

目次
序章 自動運転車は、まだ「入口」でしかない
・なぜグーグルが自動運転車をつくるのか
・トヨタのものづくりに日本人が抱く「幻想」  ほか

第1章 グーグルはネット企業にあらず。その最終ゴールは?
・自動車産業の「戦場」はすでにシフトしつつある
・グーグルの企業買収から見える未来予想図  ほか

第2章 グーグルを止められる日本企業の条件
・グーグルの企業規模は、自動車業界でいえば第3位
・日本の製造業のロールモデルはトヨタでよいのか  ほか

第3章 競争領域はいつもハードからシステムへ――「都市」が戦場になる
・自動運転が実用化された未来の都市で起こること
・都市デザインビジネスが持つポテンシャル  ほか

第4章 本当は残酷なイノベーション
・日本であまり理解されていない「イノベーション」の本当の意味
・自動車産業はイノベーションを持ち込む格好の標的  ほか

終章 2020年、2つのターニングポイント
・東京オリンピックは都市デザインのショーケースになる
・日本企業が生き残る3つの道  ほか

  • この記事を書いた人

上原@投資家

「株式投資で人生を豊かにする方法」をテーマに情報発信しています。機関投資家の視点で最新のマーケット情報&投資ノウハウをお届け。【経歴】外資系金融で日本株アナリスト→外資系ファンドのファンドマネージャー→ニート【現在の投資先】日本株、米国株、新興国株、エンジェル投資、国内不動産、海外不動産、仮想通貨、NFT。

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